金融機関をメイン顧客とするシステムベンダーから、最近「Mythos対策をしなければならないが、何から始めればよいのか」という問い合わせが増えていると聞きました。

これは単なる話題先行の不安ではありません。

日本では金融庁、日本銀行、メガバンク3行、日本取引所グループなどが対策協議に入り、金融庁と日本銀行は金融機関へ短期対応を要請しました。

米国やカナダでも、議会や金融監督当局が大手金融機関へ対応状況の説明を求めています。

ただし、「Mythos対策」という問いの立て方には注意が必要だと考えています。

Mythosだけを遮断する製品や、Mythos専用の防御設定があるわけではないからです。

企業が備えるべきなのは一つのAIモデルではなく、未知の脆弱性を機械の速度で見つけ、悪用方法まで組み立てる「Mythos級の能力」です。

本記事では、Claude Mythosとは何か、なぜ金融機関がいち早く警戒しているのかを整理し、企業が本当に変えるべき防御の仕組みを解説します。

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Claude Mythosとは何か

Claude Mythosは、米国のAI企業Anthropicが開発した高性能AIモデルです。

2026年4月に「Claude Mythos Preview」が発表され、同年6月には後継の「Claude Mythos 5」が発表されました。

Mythos Previewはサイバー攻撃だけのために作られた専用AIではなく、コーディングや推論、長時間の作業に強い汎用モデルです。

ところが能力評価を進めるなかで、未知の脆弱性を見つけ、実際に動く攻撃コードを作成する能力が従来モデルから大きく向上していることが分かりました。

Anthropicによると、Mythos Previewは主要なOSとWebブラウザから未知の脆弱性を発見しました。

発見した脆弱性には、OpenBSDに27年間残っていた不具合も含まれます。

Linuxカーネルを使った検証では、公表済みの脆弱性100件から悪用可能性のある40件を選び、半数を超える事例で権限昇格の攻撃コードを作成しました。

英国AI Security Institute(AISI)の評価では、32段階で構成された企業ネットワークへの攻撃シミュレーションを、10回中3回、最初から最後まで完了しています。

これは、人間の専門家なら約20時間を要するとAISIが見積もった課題です。

Anthropicは悪用リスクを考慮し、Mythos 5を一般公開せず、審査済みの一部組織に限って提供しています。

したがって、現時点で誰もがMythosを使って攻撃できるわけではありません。

それでも各国の政府や金融機関が動いているのは、同じ水準の能力が別のモデルへ広がる可能性を無視できないためです。

Mythosはサイバーセキュリティの何を変えたのか

Mythosの本質を「すごい脆弱性診断AI」と捉えるだけでは、企業への影響を見誤ります。

変わったのは、脆弱性を見つける能力だけではありません。

発見した弱点が本当に悪用できるかを判断し、攻撃コードを書き、複数の弱点をつなぎ、目的を達成するまで試行を続けられるようになったことが重要です。

発見から悪用までを一つのAIがつなぐ

従来も、自動でソフトウェアの不具合を探すファジングや脆弱性診断の技術は存在しました。

しかし、検出した異常がセキュリティ上の問題なのかを判断し、悪用方法を組み立てる工程には、高度な専門知識と時間が必要でした。

Mythos級のAIは、コードの意味やシステムの目的を読み取り、複数の攻撃手法を組み合わせながら試行できます。

これまで別々の専門家が引き継いでいた工程が、一つの長時間稼働するAIエージェントのなかで連続するようになりました。

「面倒だから攻撃されにくい」が通用しなくなる

企業のサイバー防御を大別すると、攻撃を不可能にするものと、攻撃を面倒にして諦めさせるものがあります。

複雑な構成、再現しにくい不具合、大量の試行が必要な攻撃は、これまで人間の攻撃者にとってコストの高い対象でした。

一方、AIは疲れず、長時間にわたり候補を試し続けられます。

Anthropicも、攻撃を不可能にするのではなく、手間を増やすことで成立していた多層防御は、AIを使う攻撃者に対して弱くなる可能性があると指摘しています。

脆弱性対応のボトルネックが発見から修復へ移る

Mythosは防御側にとっても強力な道具です。

実際、AnthropicとProject Glasswingの参加組織は、重要なソフトウェアから1万件を超える高・重大リスクの脆弱性を発見したと発表しています。

しかし、脆弱性を発見できても、影響を評価し、パッチを作り、検証し、本番環境へ適用できなければ安全にはなりません。

今後の問題は、脆弱性が見つからないことではなく、見つかる量と速度に企業の修復能力が追いつかないことです。

発見速度が修復速度を上回れば、対策待ちの脆弱性は増え続けます。

なぜ金融機関がMythosを警戒しているのか

Mythosに関する問い合わせや対策の動きが、特に金融機関で先行しているのは偶然ではありません。

金融機関はセキュリティ対策が遅れているから警戒しているのではなく、侵害されたときの影響が一社の損失で終わらないからです。

金融はシステム同士が強くつながっている

銀行、証券、決済、清算、取引所は、相互に接続された社会インフラです。

一つの金融機関で起きた障害が、送金、決済、市場取引、企業活動へ波及する可能性があります。

片山さつき金融担当大臣も、金融は個別企業の被害ではなく社会インフラの問題であり、影響の広がり方が他業界とは異なると説明しています。

サイバー攻撃への備えは、情報システム部門だけの課題ではなく、信用不安や金融安定に関わる経営課題になります。

止められないシステムほどパッチ適用が難しい

金融機関には、長期間使われている基幹システムや、多数の周辺システム、共同利用型のサービスがあります。

重要なシステムほど、変更時の影響確認や関係者調整が必要であり、パッチをすぐに適用できるとは限りません。

自社だけで対応を決められず、保守ベンダーや共同運営者の判断を待つ場合もあります。

攻撃側の処理が高速化する一方で、防御側に稟議、検証、契約、作業調整の待ち時間が残れば、その時間差がリスクになります。

規制当局が脆弱性の大量発見を現実の課題として扱い始めた

日本の金融庁と日本銀行は2026年5月、金融機関等へ「フロンティアAIによる脅威変化を踏まえた金融機関等の短期的な対応について」を発出しました。

文書では、経営トップの関与、優先システムの特定、技術負債の解消、パッチ適用要員の追加、保守契約の確認などを求めています。

さらに、AIモデル開発企業の活動状況も踏まえ、概ね1カ月を目途に対応を進めることが期待されるとしています。

米国では、下院金融サービス委員会の有力議員がJPMorgan Chase、Citigroup、Bank of Americaなどの経営トップへ、Mythosに関連するリスクへの対応状況を説明するよう要求しました。

カナダの金融監督当局も、大手銀行や保険会社へ、Mythosなどの高度なAIがリスクの特定と修正に使える時間を大幅に圧縮すると警告しています。

各国の動きに共通するのは、Mythosを一つの製品として規制しようとしているのではなく、脆弱性対応の時間が短くなることを金融システムのリスクとして扱っている点です。

Mythosの脅威を過大評価してはいけない

政府や金融機関の動きが大きいほど、Mythosはすでに堅牢な銀行システムへ自律的に侵入できると受け取られやすくなります。

しかし、公開されている評価結果はそこまでの結論を示していません。

AISIの攻撃シミュレーションでは、モデルに攻撃目標を明示し、対象ネットワークへのアクセスを与えていました。

評価環境には、実際の企業にある能動的な監視担当者や十分な防御ツールがなく、警告を発生させる行動を取っても不利益がありませんでした。

32段階の攻撃を完了できたのも10回中3回です。

AISIは、Mythos Previewについて「小規模で、防御が弱く、脆弱性のある企業システムを攻撃できる水準」と評価する一方、十分に防御されたシステムへの攻撃能力までは確認できないとしています。

金融庁と日本銀行の文書も、この評価を踏まえ、現時点では十分に防御されたITシステムへの攻撃を達成できるとはいえないと明記しています。

したがって、Mythosを万能の自律攻撃AIとして扱うのは誤りです。

一方で、「限定公開だから自社には関係ない」と考えるのも危険です。

Mythosの能力は、コーディング、推論、長時間実行という汎用AIの進歩から生まれたものであり、同等の能力が他社モデルやオープンモデルへ広がる可能性があるためです。

見るべきなのはモデル名ではなく、攻撃者が利用できる能力の水準です。

Mythos対策で企業が本当に変えるべきこと

Mythos対策として、いきなり高額な新製品を購入する必要はありません。

最初に変えるべきなのは、防御製品ではなく、脆弱性を認知してから封じ込めるまでの仕事の流れです。

守る対象を台帳ではなく優先順位まで決める

資産台帳があっても、重大な脆弱性が100件同時に見つかったとき、どれから止めるか決められなければ機能しません。

インターネットへ公開されているか、重要データへ到達できるか、停止時に事業へどの程度影響するかを基準に、優先順位を事前に定めます。

金融庁は、金融機関に対してインターネットバンキングなどの重要業務を支える外部公開システムを最優先候補に挙げています。

一般企業であれば、顧客向けサービス、認証基盤、VPN、クラウド管理画面、基幹システムへの入口が該当します。

恒久対応だけでなく「今すぐ危険を下げる判断」を用意する

パッチの検証と適用に時間がかかる場合でも、何もせず待つ必要はありません。

不要なポートを閉じる、外部公開を一時停止する、アクセス元を制限する、該当機能を無効にする、WAFで通信を遮断するなど、暫定的な緩和策があります。

重要なのは、誰がどの条件で暫定策を決定できるかを、インシデントが起きる前に決めることです。

毎回ゼロから経営判断を仰ぐ運用では、AIが生み出す攻撃速度に追いつきません。

ベンダーとの契約を「平時の保守」から「緊急時の共同対応」へ変える

システムの保守を外部へ委託している場合、自社の危機感だけでは対応速度を上げられません。

夜間や休日に緊急パッチを適用できるか、脆弱性の影響調査を誰が行うか、暫定策の判断権限はどちらにあるかを確認します。

作業が保守契約の範囲外なら、見積もりと発注を待つ時間がそのまま攻撃者の猶予になります。

ソフトウェア部品やクラウドサービスを提供するサードパーティについても、通知方法、対応期限、責任分担を合意しておく必要があります。

未知の脆弱性が残る前提で被害を区切る

Mythos級のAIが未知の脆弱性を発見できる以上、公開済みの脆弱性へパッチを当てるだけでは十分ではありません。

侵入を完全に防ぐのではなく、侵入されても認証情報を奪われにくくし、権限拡大と横展開を止める設計が必要です。

フィッシング耐性のある多要素認証、特権IDの管理、最小権限、ネットワーク分離、端末監視、ログの集中管理がここで効きます。

これらは昔からある基本対策ですが、Mythos級AIによって重要性が下がるどころか、むしろ高まっています。

防御側もAIで処理速度を上げる

Mythosへのアクセス権がなければ対策できないわけではありません。

現在利用できるAIでも、脆弱性情報の要約、対象資産との照合、アラートの一次分類、調査記録の整理、修正コードのレビューを支援できます。

人が行うべきなのは、すべての情報を最初から読むことではなく、AIが整理した候補から事業影響を判断し、対応を承認することです。

ただし、防御用AIエージェントへ本番環境の変更権限を与える場合は、最小権限、承認、操作ログ、停止手段を先に設計します。

攻撃の自動化に対抗するために、防御を無秩序に自動化しては本末転倒です。

経営会議で確認すべき3つの時間

経営層が確認すべきなのは、導入済みのセキュリティ製品数ではありません。

次の3つの時間を、自社で実測できるかが重要です。

確認する時間起点と終点経営上の問い
認知時間脆弱性の公表・検知から、影響する自社資産の特定までどのシステムが影響を受けるか、当日中に特定できるか
緩和時間影響資産の特定から、パッチまたは暫定策の適用まで夜間や休日でも、危険を下げる判断と作業ができるか
封じ込め時間侵入の兆候発生から、認証失効・端末隔離・通信遮断まで攻撃者が横展開する前に止められるか

平均値だけでなく、重要システムで最も時間がかかった事例を確認してください。

平均パッチ適用日数が短くても、インターネットへ公開された重要システムが一つだけ長期間残れば、攻撃者はそこを狙います。

この三つの時間が分からなければ、Mythos対策の予算を増やしても、どこへ投資すべきか判断できません。

逆に、時間を測れば、資産情報が古いのか、検証環境が足りないのか、承認が遅いのか、ベンダー契約が障害なのかが明確になります。

Claude Mythosに関するよくある質問

Claude Mythosは一般公開されていますか

Claude Mythos 5は一般公開されておらず、審査済みの一部組織に限定して提供されています。

一般ユーザー向けには、同じ基盤モデルにサイバーセキュリティなどの追加安全策を設けたClaude Fable 5が提供されています。

Claude Mythosはサイバー攻撃専用のAIですか

Mythos Previewは、コーディング、推論、長時間の作業に優れた汎用AIとして発表されました。

サイバー能力が特に高く、脆弱性の発見と修正に使える一方、攻撃へ悪用される可能性もあるため、提供先が制限されています。

企業はMythosを導入しないと防御できませんか

Mythosを導入しなければ対策できないわけではありません。

資産の把握、パッチ適用、最小権限、ネットワーク分離、ログ監視などの基本対策を速く回すことが先です。

現在利用できるAIを、脆弱性情報の整理やアラートの一次分類へ使う方法もあります。

金融機関以外にもMythos対策は必要ですか

必要です。

インターネットへサービスを公開している企業、顧客情報を扱う企業、止めにくい基幹システムを持つ企業、サプライチェーンを通じて他社と接続している企業は、同じ影響を受けます。

金融機関は社会的影響と相互接続性が大きいため、対策が先行していると捉えるべきです。

まとめ

Claude Mythosとは、未知の脆弱性を発見するだけでなく、悪用方法を組み立て、複数段階の攻撃を長時間進められるAnthropicの高性能AIです。

金融機関がいち早く警戒しているのは、銀行のセキュリティが特別に弱いからではありません。

相互接続された金融システムでは、一社の侵害が決済や市場、社会全体へ波及し得るうえ、止めにくい重要システムほど修正に時間がかかるからです。

Mythos対策の本質は、特定のAIを遮断することでも、同じAIを購入することでもありません。

脆弱性を認知する時間、危険を緩和する時間、侵入を封じ込める時間を短くすることです。

まず、自社の重要システムについて、この三つの時間を実測してください。

その結果を基に、資産管理、技術負債、承認手順、ベンダー契約、防御の自動化のどこへ投資すべきかを判断します。

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AIエージェントにどこまで権限を与え、どこに人の承認を残すべきか整理できていない場合は、構想段階からご相談いただけます。

まだ社内の安全策を整理できていない場合は、「ガードレール」とは?生成AI導入で問われるガバナンス論点もご覧ください。

参考資料